ヤマス創業100周年記念ページ100th Anniversary
「ヤマス」はじまりの1枚
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創業者 渡邊助次郎を中心に渡邊家一同が集い、写真に収めた一枚。
助次郎の息子である2代目 初次、孫にあたる3代目 英の姿もあり、
助次郎が起業し、「ヤマス」の起源である鮮魚商が
軌道に乗り始めた昭和初期頃だと思われる。
撮影場所は、当時、長崎市内筑後町にあった本家の大広間である。
歴代社長 紹介
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創業者(初代)
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渡邊 助次郎
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(出生)明治10年(1877年) 3月
(死亡)昭和34年(1959年)12月
大正8年に鮮魚商を開業。
主に行商による鮮魚の販売が主力だったと思われる。
現在の社名「ヤマス」は助次郎の名から引用されている。 -
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2代目
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渡邊 初次
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(出生)明治35年(1902年) 1月
(死亡)昭和53年(1978年)10月
初代 助次郎より鮮魚商を引き継ぎ、昭和7年に鮮魚仲卸業(渡邊初次商店)を開業。戦前・戦後の統制経済の時代の中、長崎の水産物の販路拡大のため消費地への鉄道輸送の体制を確立した。また、水産加工業にも着手し、㈲渡邊水産加工を設立した。
昭和26年 長崎魚市㈱ 取締役就任
昭和42年 ㈳大日本水産会水産功績者表彰
昭和48年 勲五等瑞宝章受章 -
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3代目
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渡邊 英
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(出生)昭和 2年(1927年) 3月
(死亡)平成23年(2011年) 9月
2代目 初次より引き継いだ合ヤマス商店と㈲渡邊水産加工を吸収合併。昭和42年に株式会社ヤマスを設立。代表取締役社長となる。長崎魚市場の水揚げ高と共に会社の売上も飛躍的に伸長し会社設立16年目の昭和57年には年商61億円の長崎魚市場最大手の鮮魚仲卸業者に成長させた。
昭和48年 長崎魚市㈱ 取締役就任
平成 3年 農林水産大臣賞受賞
平成 6年 ㈳大日本水産会水産功績者表彰
平成 9年 勲五等瑞宝章受章 -
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4代目
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渡邊 英行
- (出生)昭和35年(1960年) 2月
慶應義塾大学大学院を修了後、一度は東京で他業種へ就職するも3代目 英の後を引き継ぐため、平成3年に㈱ヤマスに入社し、取締役に就任。平成5年に、現ヤマス京泊工場を設立し工場長を兼務。平成19年に47歳で代表取締役社長に就任する。 消費動向に適応した水産物卸売業をめざし柔軟な会社運営とお取引様への信頼を第一に考えながら、地元長崎の水産業の発展を目指している。
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100年の歴史(沿革)
- 大正 8年
- 渡邊 助次郎 鮮魚商を開業
- 昭和 7年
- 渡邊 初次 長崎市にて鮮魚仲卸業を開業
- 26年
- 初次 長崎魚市㈱取締役に就任
- 28年
- 初次 長崎魚市精算会社を設立、初代社長となる。
- 32年
- 初次 水産加工部門㈲渡邊水産加工を設立
- 33年
- 合渡邊商店(屋号:ヤマス商店)を設立
- 42年
- ㈱ヤマス設立
合渡邊商店と㈲渡邊水産加工を合併、渡邊 英が代表取締役社長に
- 43年
- 長崎市内磯道町に弁天島工場を建設し、冷凍加工部門を新設
- 45年
- 大村市に養鰻場を建設
- 48年
- 英 長崎魚市㈱の取締役に就任
- 48年
- 初次 勲五等瑞宝章を受章
- 平成元年
- 新長崎漁港開港に伴い、本社事務所を移転
- 5年
- 新長崎漁港に隣接した社有地に
当時最新鋭の水産工場を建設
- 9年
- 英 勲五等瑞宝章を受章
- 16年
- 市内遊休地に大型娯楽施設を誘致(約3,900坪)
- 19年
- 渡邊 英行 代表取締役社長就任、
英は取締役会長に。
- 23年
- 市内遊休地にコンビニエンスストアを誘致
- 24年
- 英行 長崎魚市㈱取締役に就任
- 28年
- 英行 長崎漁港水産加工団地協同組合理事長に就任
- 29年
- 英行 全国水産加工業協同組合連合会理事に就任